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東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)995号 判決 1966年2月23日

原告 株式会社東急エージェンシー

右代表者代表取締役 松田令輔

右訴訟代理人弁護士 花岡隆治

斉藤兼也

田宮甫

向山義人

鈴木光春

被告 株式会社 大泉製作所

右代表者代表取締役 中村卯三郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 美村貞夫

八巻忠蔵

山下義則

主文

被告らは各自原告に対し金三〇五万九、八五〇円およびこれに対する昭和四〇年四月一六日以降完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は原告において各被告に対し各六〇万円の担保を供するときはかりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり陳述した。

(一)  被告会社は原告に対し左記約束手形一通を振出し、被告中村卯三郎は右手形の保証をなし、原告は現に右手形の所持人である。

金額   金九三二万六、〇一七円

満期   昭和三九年三月三一日

支払地  東京都豊島区

支払場所 株式会社埼玉銀行池袋支店

振出地  東京都練馬区

振出日  昭和三八年一二月三一日

(二)  被告は右手形金中三〇五万九、八五〇円の支払をしないから被告らに対し各自右金員およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四〇年四月一六日以降完済まで手形法所定年六分の遅延損害金の支払を求める。

被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

(一)  原告主張の請求原因事実は認める。

(二)  本件約束手形には、表面欄外に「本手形は取立をしない事」という条件が明記されている。がんらい手形上の権利は手形なる証券に化体して転展流通するものであるから、その権利行使はたんなる意思表示のみでは足りず必ず手形自体をその支払場所の記載がある以上その支払場所に呈示してその行使をしなければならないものである。

しかも、その支払は無条件であることが必要で支払に条件を付したり又はその支払方法を限定することではできないもので、このような記載は手形の本質を害しその要件を破壊することになるからかかる記載は有害的事項として手形を無効とされるのである。

上記本件手形の「本手形は取立しない事」なる記載は本件手形をその満期に支払場所である株式会社埼玉銀行池袋支店に呈示することを禁止し、支払方法を限定したものであるから、本件手形は約束手形としては無効である。

(三)  本件手形金については、振出日当時原告と被告らとの間に昭和三九年三月末日から毎月金一〇〇万円宛(但し最後の月は金三二万六、〇一七円)割賦弁済する約定がなされていた。

被告会社は右約定に従って、原告に対し昭和三九年三月および四月の各末日に各金一〇〇万円、同年五月三〇日および七月一日に各金一〇〇万円、同年七月から一一月までの各末日に各金一〇〇万円以上合計金九〇〇万円を支払ったから、その残金は三二万六、〇一七円に過ぎない(なお右残金三二万六、〇一七円は昭和三九年一二月三一日小切手で支払うべく提供したが、原告が本件手形を返還しないので持帰った)。

(四)  被告は原告に対しテレタップの宣伝広告の企画、製作を発注したが、原告はその企画した広告宣伝の方法によれば必ず期待通りの売上ができると保証し、東急関係の共済会でも三万個は引受けると約束したので、被告は原告の右言明を信じて発注した。

ところがテレタップの売上げは全く不振で、原告もその広告宣伝の失敗を認めながらその責任を採ることもなく前記約定の三万個のうち二〇〇個を買取ったのみで、その余の取引りを履行しない。

原告が前記約定によるテレタップの残二万九千八百個の買取りを履行すれば被告は一個につき六五円の利益(原価一三六円、原告に対する譲渡価格二五〇円、小売価格四五〇円)があり二万九千八百個では合計金一、九〇七、二〇〇円の利益を得た筈のところ、被告は原告の契約不履行によって右得べかりし利益を失ったから原告に対し右と同額の損害賠償債権がある。

よって、前項の主張が認められないときは被告は原告に対し右一、九〇七、二〇〇円の債権と原告の本訴請求権とをその対当額において相殺の意思を表示する。

(五)  なお、後記原告主張事実中、被告が原告に支払った金額の合計が金一〇、一六四、六七〇円であることは認めるが、原告の被告に対する売掛代金の総額は否認する。

被告は原告に対し昭和三八年一二月三一日現在で確認した債務額金一〇、三二六、〇一七円のうち一〇〇万円を同日現金で支払うと同時に残金九、三二六、〇一七円につきその支払方法として本件手形を交付し、さらに利息として金二一二、一六六円を支払っている。

原告訴訟代理人は右被告の主張に対し次のように答弁した。

(一)  被告ら主張の「本手形は取立をしない事」なる記載は本件手形の表面欄外に記載されたものであるから、右記載はいかなる意味においても文言自体効力を有するものではない。

かりに、右記載が有効であるとしても、右附記の存在は本件約束手形を無効ならしめるものではない。すなわち「本手形は取立をしない事」なる文言が被告主張のように、支払呈示を禁止したものであるとしても、右支払禁止の特約は支払場所として記載された銀行に手形を呈示して支払を求めることをしない趣旨と解せられるにとどまり、振出人に対し直接手形金の支払を求めることを妨げるものではなく、まして本件約束手形自体を無効とするものではない。

(二)  原告が被告会社から合計金九〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、被告ら主張の本件手形金の弁済に関する特約の存在および右金員が本件手形金の弁済として支払われたこと並びに予備的相殺の抗弁事実はいずれも否認する。

(1)  原告は、昭和三八年四月下旬頃から被告会社から、同会社の開発した新製品テレタップ(サーミスタTVアダプタ)の市販のための宣伝、広告の企画制並びにテレタップ包装用パッケージ、ネームプレートその他の附属品の制作注文を受け、昭和三九年二月末日現在における売掛は左記のとおりであった。

科目   金額(円)     摘要

電波広告 三、三七九、一〇〇 TBSスポット

印刷広告 二、九二六、〇〇〇 週刊文春ほか

企画制作 五、〇〇七、二八七 テレタップチラシ

屋外広告 一、一四三、〇〇〇 展示会ディスプレー

交通広告 七六九、一三三   車内ポスター

合計 一三、二二四、五二〇

右売掛金に対する被告会社の支払は次のとおりである。

年月日     支払金額      年月日     支払金額

三八、一〇、三 二七、六七〇    三九、七、三一 一、〇〇〇、〇〇〇

〃一二、三一  一、〇〇〇、〇〇〇 〃八、三一   〃

三九、三、三一 一、〇四七、〇〇〇 〃九、三一   〃

〃四、三〇   一、〇〇〇、〇〇〇 〃一〇、三一  〃

〃五、三一   〃         〃一一、三一  〃円

〃六、三一   〃         合計      一〇、一六四、六七〇

右のとおり被告会社の支払は前記売掛金の内入としてなされたものであり、被告会社主張のように本件約束手形金の支払としてなされたものではない。このことは被告ら提出の各領収書に「未収金の内入として」と記載されていることからも明かである。

証拠関係≪省略≫

理由

一、被告会社は原告に対し原告主張のような手形要件の記載のある約束手形一通を振出し、被告中村卯三郎が右手形の保証をした事実は当事者間に争がない。

二、本件手形の表面欄外に附記として「本手形は取立しない事」なる記載のあることは当事者間に争がない。

被告は、右記載は本件手形を満期に支払場所に呈示することを禁止したものであり、従って手形金の支払方法を限定したものであるから有害的記載事項として本件手形を無効とするものであると主張する。

しかしながら、被告会社が原告に対し本件手形を振出したことは前段判示のとおりであり、本件手形(甲第一号証)にはこれに記載された一定の金額を貴殿又はその指図人に手形と引き換えに支払うべき旨の単純なる約束の記載もあるのであるから、右「本手形は取立をしない事」なる記載は、その文言並びに記載された位置からみて、振出人に対し支払呈示期間内における手形金の支払を猶予する趣旨ないしは時期のいかんを問わず支払場所として記載された銀行に手形を呈示して支払を求めることをしない旨の振出人と受取人間の手形外の特約を附記したに止まるものと解すべきであり、被告主張のように支払に条件を付し又は支払方法を限定した趣旨の記載であると解することはできない。しかして、右のような手形外の特約はその直接の当事者間においてのみ効力を有するに止まりこれを手形に記載しても手形上の効力は生じないものと解するを相当とする。右のように解すれば、本件手形に「本手形は取立をしない事」なる記載があるとしても、本件手形の流通を害する結果にはならないから、これを有害的記載として基本手形自体を無効としなければならない理由がなく、これと反対の被告の見解は採用することはできない。

三、被告らは本件手形金については原被告間において昭和三九年三月末日から毎月金一〇〇万円宛割賦弁済の約定がなされ被告は右約旨に従いその主張のように合計金九〇〇万円を支払ったと主張し右のうち原告が右金額の支払を受けた事実は原告の認めるところである。

しかしながら、本件手形金について右のような割賦弁済の約定がなされた事実を認め得る証拠はなく、原告が被告会社に対し本件手形金以上の債権を有したことは本件口頭弁論の全趣旨によってこれを認め得られるところ、≪証拠省略≫によれば、前記金員について原告が発行した各領収証にはたんに未収金の内入として領収する旨の記載があるに止まり同号証だけでは未だ被告主張の金員が本件手形金の弁済に充当されたものであることを認めるには十分でなく、他にこれを認め得る証拠はない。また、被告会社が予備的、相殺の抗弁として主張する事実についても、これを認め得る証拠がない。

よって被告らの一部弁済および予備的相殺の各抗弁はいずれも採用することができない。

四、以上の理由によれば被告らは各自原告に対し本件手形金の残金三〇五万九、八五〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明かな昭和四〇年四月一六日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求を正当として認容することとし、民事訴訟法第八九条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

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